●左向きであること
ようやく最後.
だいぶん空いてしまい,気付けば,5回分くらいのネタの取材が済んでしまった.
まずはウェブ上で見つけた『魚図鑑に左向きが多い理由』なぞ.
理由1.最初の本格的な魚図鑑(Blochの図鑑)が左向きだった
…お手本図鑑として重宝され,皆がそれに倣ったという説らしい.
理由2.文字の記述方向に合わせた
…記述方向に頭を向けると,『流れ』を感じさせることができ,日本は(縦書きだと)右→左へ書くので頭が左になる.
理由3.本の綴じ方にあわせた
…理由2同様に和書は右綴じが多いので,頭が左側だとページ進行に沿っていて『流れ』を感じさせることが出来る.
理由4.食事の盛り付けが左向きだから
…日本の魚は基本的に左向きであり,それに合わせると違和感がない.
理由5.右利きの人は頭を左から描く方が楽
…最初に大事な部分(=頭)を描き,その後細かいパーツが無い体へと流れるその動きには,右利きの場合,左から書き上げていく方が楽という説.
理由6.心臓の位置が左寄りだから
…心臓が左に寄っているので,左側面を解剖した方が観察しやすい.
この6つが有名どころか.
いずれも『ああなるほど…』とうなずける説明ではあるが,実際は,図鑑の左向きは日本だけではない.
しかも現在よりも西洋の文献が浸透していないであろう江戸時代の書籍を見ても右向き描写が存在したり,欧米系の書籍における左向きの説明ができない.

図1.左向きに描かれた,江戸時代の魚図鑑(栗氏魚譜;クリックすると拡大)

図2.同じ図鑑の中で右向きに描かれている魚(クリックすると拡大)
さらに,数えるほどの魚種しか調べてないのでそんなに大きなことは言えないが,魚類の心臓は、『明らかな左寄り』と言うよりは正中線に沿っている気がする.
図3は夕食のために捌いていた魚を撮影したものだが,苦手な人は注意されたし.
もっとも,心房・心室がそれぞれ左右にずれている種もいるので,それを踏まえてのことだろうか?
ただし,心臓をひとかたまりとして見れば,やはり真ん中にあると言えそうだが….

図3.腹側から見た心臓の位置(a.ワカサギ,b.ウナギ,c.キチジ;スケールバーは5mm;クリックすると拡大)
状況はそんなに単純ではなさそうだ.
魚の向きと実生活を考えてみる.
食生活や利き手など,生活習慣のような直接図鑑制作に関係がない部分に刷り込まれている可能性は高い.
ナイフとフォークを使う場合も箸を使う場合も,魚を押さえつけるのは利き手と逆側であり,裏返すにしても押さえつけるにしても,胴体と密にくっついている頭の方が,尻尾よりもしっかりと掴みやすい.
右利き人口は5倍近く多いとされており,(家庭料理レベルで)盛り付け方向に決まったルールが無い場合,尾頭付きの魚は頭を左向きにしておいた方が無難ではなかろうか.
また,右利きの人間が筆を左から右へ動かすことは,描いた部分を手で擦る頻度が低くなり,イラストが汚れるのを防ぐことが出来るので合理的だ.
まぁこんな感じの経験が著者に影響を与えた可能性はないだろうか.
もっとも,どっち向きで描いても良いという状況になった時に,『じゃあ…左向きかなぁ…』程度の効果しか想定していないが.
ところで,情報量の多い文章は複数の人間が分担して執筆することが多く,そのような場合文体やら描画方法など,きちっと決めてしまった方が楽だ.
窮屈に感じるかもしれないが,細かいことまで理に適った体裁で決まっていればいるほど,赤の他人と共同作業を行う際には余計な混乱を避けることができるのである.
新たな図鑑を刊行する際にも,ゼロから考え直すよりは,先達の体裁に倣った方が楽なのは明らかだ.
そんなわけで,図鑑左向き多数派の背景は,偶然引用に用いられた図鑑が左向きに偏り,大量情報掲載に伴う体裁の画一化によって,偏りに拍車がかかったのではないだろうか・・・と僕は考えている.
兎に角,様々な時代・場所で,独立に図鑑が作成されていくことを考えれば,左向きに偏る理由は,冒頭の理由を始め,『イラストが綺麗』『記述が正確』『情報量が多い』等々,いろいろあるのだろう.
ウェブ上で論じられているように,一つの理由だけで説明しきれるとは思えない.
とりあえずお茶を濁すような感じであるが,150回記念に纏わる左向き優勢ネタはこれで一時完結とする.
将来的に,左右混合図鑑に関する考察もするかもしれないが,具体的な時期は未定だ.
※今回使用した図1と図2は国立国会図書館に使用申請し,許可を得ています.
無断複写はマズいので,必要な人は各自国会図書館に申請してください.参考文献※左右チェック以外に使用した文献
魚類解剖学 (落合 明,緑書房)第1版,p137-140
観賞魚解剖図鑑 (落合 明 他,緑書房)第1版,p41-90
新版 魚類生理学概論 (田村 保 他,恒星社厚生閣)第1版,p58
※左右チェックに使用した文献→
SUPPLY.pdf参照ウェブサイト『大分週間釣り太カ』→
参照先『木下眞二のホームページ』→
参照先『足利工業大学 中山研究室ホームページ』→
参照先『Dolphin Blog』→
参照先『Yahoo!知恵袋』→
参照先『ヤッちゃんパパ奮闘記』→
参照先