2013年05月22日

魚話その192 リアルタイムじゃないホネ取り(サメの頭部骨格標本)〜その2〜

注意!
・解剖の描写があるので,ご注意ください.
・本文中に『一般入手できる』というニュアンスの記述がありますが,一般家庭での作業を推奨する意味ではありません.
・高校や大学の生物系サークルなど,大型専門機器の購入が困難ではあるものの,しかるべき施設と知識を持った人が対象です.
・ホルマリンを扱うので,その取り扱い方法・処理方法が確立している方々を対象としております.
・ポリエチレングリコールとエチレングリコールは別物です(危険度も).
・現在も試行錯誤中の手法であることにご留意ください.
・最初のうちは入手が容易な種の,特に顎(頑丈かつ歪みやすいなので)を使って試されることをお勧めします.
・本件での事故や貴重なサンプルの損傷は一切責任を取れません.


ちょっと前に流行った表現を使うなら,久しぶりすぎるブログ…?

最後のネタ更新から10ヶ月,軟骨標本ネタなら,前作の魚話その190から17ヶ月も経過している.
その間何をしていたかといえば,本業と,学生時代/本業関連の論文やら本の原稿やらを黙々と書いていた.
余裕がなかったかといえばそうでもなかったのだが,PC作業は執筆に限定していたので,更新が停滞した次第.
なお,一般向けの和文書ではないし,身元バレは避けたいので,出版物の告知はしない.

さて.
固定が完了したら,水道水ですすぐ.
人の口に触れることが絶対に無いよう,換気の良い薬品専用の流し台で洗浄すること.
廃棄のことを考慮し,容器とペーパータオルも一緒に洗浄してしまおう.
ホルマリンも1次,2次洗液(容器や標本の最初と2度目のすすぎ水)も,きちんと廃液として回収しよう.
絶対に下水に廃棄しないこと(廃液処理に関しては,住んでいる自治体に事前問い合わせ).


sb19201.jpg
図1.洗浄の様子 容器を洗う際に1,2回目は少なめ(半分くらい)の水ですすぐと,廃液の量を減らすことができる.洗いの手抜きではなく,表面に付いたホルマリンと時間経過と共にホネから染み出してくるホルマリンの洗浄方法を分けているのだ.


次に,多めの水に浸して一晩放置し,浸した水も一応廃液容器に回収.
これを3回ほど繰り返す.
ホルマリン臭が抜けていることを確認したら,5回ほど水ですすぐ(一晩待つ必要はない).
人間の鼻では気付かない残留ホルマリンを考慮し,洗浄済み頭骨も必ず食品用とは別の容器や冷蔵/冷凍庫などに入れること.
金銭的負担を考えても,活発に発表しているような化学系部活クラスの施設が前提だ.


固定前には見落としていた細かな肉の凹凸が,ホルマリン固定により硬度が増して判別しやすくなる(図2).


sb19202.jpg
図2.ホルマリン固定により見やすくなった除肉時の残り(顎間接部分) 本当はもっとトゥルンとしている.


場所に応じてスパチュラ(調色スティック)や歯ブラシなどで除去すると,仕上がりが綺麗になる.
凝ればきりがないのだが,仕上げの見栄えを考えると,脳函天蓋(頭骨背側の脳が収まっている部分:図3a)や舌弓周辺(図3c)は丁寧に仕上げておきたい.


sb19203.jpg
図3.きっちり仕上げておきたい部位 a)脳函天蓋(右側面から撮影),b)舌弓周辺


なお,作業時には細かな肉片が飛び散る.
ホルマリンが目に入ると危険なので,除肉の仕上げは必ず水洗後に行うこと.
とりあえずここで今回の作業は終了.


以降は今回の補足.
●ホルマリンの固定について
まず換気に注意する.
密閉容器に入れ,できればジッパー付きのビニールなどで包んだ方が良い.
未固定の状態では腱や関節に柔軟性があるため,顎をくぱぁしようと,多少捻れようと,問題ない.
ところが,固定後は関節の柔軟性が失われてしまい,少し力を加えただけで,脱臼のような破損が起こる(骨格自体が折れる破損よりも多かった).
まだ試行錯誤中だが,今回のサイズであれば,一昼夜で固定は切り上げている.
基本的に水洗完了までの作業は,2〜3日で終了させるつもりで計画を立てた方が無難だ.


●頭骨は敷居が高いと感じたなら…
無理せずに取りやすいパーツだけにしてしまうのもアリだ.
口唇軟骨などはかなり敷居が高い.
いっそのこと顎だけ取ってみるのもアリだろう.
顎取り経験者なら,防歪効果を実感して貰えると思う(特に小型サメの顎の場合).

●歯抜けについて
次回から使用するPEG溶液は再使用可能なので,不要なロスを抑えるためポージング用の紙を抜き取る.
その際必ず歯の流れに沿った方向(飲み込む方向)に抜き取ろう.
ただでさえ歯を使い捨てする魚種なのに,湯ざらし除肉の熱で,歯がかなり抜けやくなっているのだ.


本日の魚
ドチザメ:Triakis scyllium Müller & Henle, 1839


参考文献
遺物の保存と調査(沢田 正昭,クバプロ)
posted by osakana at 12:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 魚話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月25日

魚話その193 リアルタイムじゃないホネ取り〜その3〜

注意!
・解剖の描写があるので,ご注意ください.
・本文中に『一般入手できる』というニュアンスの記述がありますが,一般家庭での作業を推奨する意味ではありません.
・高校や大学の生物系サークルなど,大型専門機器の購入が困難ではあるものの,しかるべき施設と知識を持った人が対象です.
・ホルマリンを扱うので,その取り扱い方法/処理方法が確立している方々を対象としております.
・ポリエチレングリコールとエチレングリコールは別物です(危険度も).
・現在も試行錯誤中の手法であることにご留意ください.
・最初のうちは入手が容易な種の,特に顎(頑丈かつ歪みやすいなので)を使って試されることをお勧めします.
・本件での事故や貴重なサンプルの損傷は一切責任を取れません.



今回で軟骨標本シリーズは最終回.
ホルマリン抜きしたホネをポリエチレングリコール(以降PEGとする)溶液に浸す.
PEGは化粧品等にも用いられているが,軟骨から残留ホルマリン等が溶出する可能性は多分に考えられるので,必ず手袋+ピンセットで作業し,生活空間とは分けた場所で作業する.

10%PEG-200
→20%PEG-200
→30%PEG-200
→30%PEG-400
→30%PEG-600
→20%PEG-4000
→30%PEG-4000
→50%PEG-4000
→70%PEG-4000
→90%PEG-4000
→95%PEG-4000

このような順番で,1種類の溶液につき,1週間〜1ヶ月ほど浸す.

sb19301.jpg
図1.PEG含浸処理 a) 常温処理時の樹脂製容器, b) 高温処理時のステンレス製容器, c) 鰭の保定
容器の耐熱性次第では,兼ねることも可能だが,いずれの処理もジップロック等の耐熱性バッグに入れ,揮発性物質の拡散を防いだ方が良い.
他の人が使用する際にコンタミの原因となりかねない.
また,熱膨張に伴う破損の恐れがあるため,高温処理時は容器の蓋を密閉せず,耐熱バッグを数枚重ねてコンタミを防止する.
鰭は園芸店で入手できる鉢底ネットでサンドし,釣り糸で固定すると,含浸処理中に他の標本に当たって変形するのを軽減できる.


より良い溶液の置換パターンもありそうだが,これは現在も模索中だ.
一つ一つに時間がかかるので,あれこれ試しても結果が出るまで時間(とカネ)がかかってしまう.
ちなみに脳室内に空気が残っていると,一部がずっと空気中に露出されている状態になる.
吻軟骨などは特にに影響を受けやすく,乾燥でひしゃげてしまい,どういうわけかPEG溶液に浸す工程を最初からやり直しても直らない.

なお,70%を超えたあたりから,70〜80度ほどの加温が必要になるため,研究で使用する加温装置(インキュベーター)は必須だ.
比較的安い部類の研究用機器なので,大抵の実験室にはあると思う.
代用案もあるのだけれど,一般家庭で事故が起きても嫌なので,『インキュベーター必須』という表現で止めておく.
なお,以前IHクッキングヒーターの使用を書いたが,手法の更新に伴い,より長時間の処理が好ましいことが判明したので,IHクッキングヒーターは使えない
95%PEG-4000まで置換が済んだら,溶液から取り出し,余分な液をできるだけ回収(数回は再利用可能)する.


sb19302.jpg
図2.PEG溶液の除去 a) 背腹方向のPEG溶液を除去, b) 骨格の窪みのPEG溶液を除去
脳室内や脊椎骨等の内側に溜まったPEG溶液を念入りに除去する.
表面は最後の仕上げ前に拭きとることが可能.


sb19303.jpg
図3.再利用が進んだPEG溶液(左)と未使用のPEG溶液(右)
次第に雑菌が繁殖し,黄色味を帯びてくる.
数回使用したら交換するか,低濃度溶液として再利用する.


鉢底ネットを敷いたタッパーに入れ,実験室の冷凍庫で30分ほど冷やす.
なお,何が揮発するかわからないので,食品用に使っている冷凍庫では絶対にやらないこと.


sb19304.jpg
図4.冷却処理
常温ではペースト状の濃度のPEG溶液が染み込んでいるはずなので,冷凍庫が使用できない場合は自然乾燥でも構わない.
流動性を少しでも早く落とすことで,少しでも多くのPEGが軟骨内に残るかな…と,作業の効率化半分,おまじない半分でおこなっている.
※必ず容器に入れてから冷凍庫に入れてください!(見やすいようにわざと剥き出しでやってます).

表面が白いクリーム状になったら冷凍庫から取り出し,余計なPEGをスパチュラでこそぎ落とし,水に浸した後に硬く絞ったキムワイプ等で表面を拭く.
表面のペタペタがなくなったら,風通しの良い場所で1週間ほど風乾し,完成.


sb19305.jpg
図5.冷却後のPEG除去 a) 拭き取り前, b) 拭き取り後
一連の流れを考えれば頭骨での作業を載せた方が好ましいが,鉢底ネットの凹凸痕が残って見やすいので,ここでは鰭をチョイスした.


sb19306.jpg
図6.ドチザメの頭骨標本
ひしゃげているのは,前述の通り,一部がずっと空気中に露出してしまったためと思われる.


他にもいろいろ試してみたところ,対象となる魚種の除肉法の除去技術の向上,漂白工程検討など,含浸処理以外にも課題が見つかった.
今後はその辺の改善も図りたい.


sb19307.jpg
図7.a) フトツノザメ頭骨(左側面), b) フトツノザメ頭骨(正面), c) ネコザメ頭骨(左前側面), d) ネコザメ頭骨(正面), e) ギンザメ頭骨(左側面), f) ギンザメ頭骨(正面), g) ヘラチョウザメ頭骨(左側面), h) ヘラチョウザメ頭骨(正面), i) ホテイウオ頭骨(左側面), j) ホテイウオ頭骨(正面)
ギンザメの頭部先端は,前述のドチザメ同様,空気中に露出したまま放置してしまった結果で,ホントはシャキっとしている.
撮り直したい頭骨もあるのだけれど,人にプレゼントしてしまったものもあるので.
カメラやレンズのメンテナンスは定期的におこないませう.


保管は温度・湿度共に低い場所に静置する.
通年エアコンが効いている場所…といきたいところだが,せめて気密性の高い容器+シリカゲルくらいはしておこう.
夏場や梅雨時などの高温多湿な時期にはPEGが染み出てきて表面がペタペタになることもあるので,何か敷いておくと良い.


いろいろな〆切り系がひと段落し,職場をふらついていたら,ある人に『魚のホネ好き学生が来たので,話してほしい』と呼ばれた.
そもそも僕の趣味をなぜ知っているのかが謎なのだけれど,それはさておき,現場に向かう.
会話が進むうちに,どうもその学生はこのブログを知っているらしいということが発覚.
その話の発端が,この軟骨標本の話題であり,更新を再開するきっかけになった次第.
それにしても世の中狭い.

追伸
九州の某大学の魚のホネ好き学生君よ,君の名を訊きそこなったので,もしこれを読んでたら連絡くれい.


本日の魚
ギンザメ:Chimaera phantasma Jordan and Snyder, 1900
ドチザメ:Triakis scyllium Müller & Henle, 1839
ネコザメ:Heterodontus japonicus Maclay & Macleay, 1884
フトツノザメ:Squalus mitsukurii Jordan & Snyder, 1903
ヘラチョウザメ:Polyodon spathula (Walbaum in Artedi, 1792)
ホテイウオ:Aptocyclus ventricosus (Pallas, 1769)

参考文献
遺物の保存と調査(沢田 正昭,クバプロ)
posted by osakana at 14:44| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 魚話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月31日

魚話その194 わ,臭ぇフリーザー

●骨格標本用の魚の冷凍保管を考える

2013年も気付けば梅雨入り,気温も湿度も上がってきた.
我が家には用途別に複数の冷凍庫が存在する.


sb19401.jpg
図1.我が家の冷凍庫
左側にあるタイプが食材用で,冷凍スペースは86L,右側は非食材用で,121Lある.
HDDと同じで,余裕を持って買っても,知らぬ間に足りなくなっているのが怖い.


快適な梅雨ライフのためには,熱源を居住空間からできるだけ遠ざけることが重要だ.
今回はその片付けの様子…ではなく,標本の冷凍について触れてみたい.

新鮮なうちにホネ取りができない場合,保存は重要課題である.
中にはエタノールやホルマリン、はてはグリセリン保存液を作製して液浸標本にする人もいるかもしれないが,高コスト(エタノール),DNAの断片化(ホルマリン),変成してカチカチの筋肉を除肉する手間を考えると,冷凍が最有力候補となる.
しかし,冷凍庫は除霜機能が備わっているため内部は乾燥し,いわゆる『冷凍焼け』が起きる(図2).


sb19402.jpg
図2.冷凍焼けした尾鰭(オジサン)
干物のように乾燥してしまった.冷凍庫も使い方を誤ると痛い目に遭う.干されたオジサンという響きが三十路を迎えた僕には切ない・・・
スケールは1cm.


食品・冷凍関係の資料を見る限り,冷凍焼けは脱水に伴う不可逆的なタンパク・脂肪の変性現象とある.
こちらはホネ取りが主なので多少ならば問題ないが,ヒレや吻などの焼けが進むと除肉が厄介になる.
可能な限り標本をコンディション良く保存しておきたい博物館にとっても重要な問題で,鹿児島大学総合研究博物館発行の『魚類標本の作製と管理マニュアル』には,海水魚なら塩水,淡水魚なら真水とともに冷凍すると,冷凍焼けを軽減可能とある.
ただし,種同定が完了し,骨格標本作製を残すのみであれば,特に水の種類にはこだわらない.
むしろ取りかけのホネを凍結する際にも水を入れるのを忘れないようにするのが大事だ.
水ごと凍らせると中身が分からなくなるので,ビニール表面への表記のみでなく,魚と一緒にラベルを凍らせておくと安心だ.


sb19403.jpg
図3.冷凍保存の様子
一応水とともに凍らせてあるのだけれど・・・
適当に詰め込むと一部が空気と触れてしまうこともあるので,保管時はビニールの空気抜きも念入りに.


冷凍庫の関係で少しでも小さく保管したい気持ちは痛いほど分かるのだけれど,水は十分量使いたい.
適切な処置が施されたか否かは,目の白濁等にも表れ,スーパーで魚の鮮度を見分ける時と注目する場所が似ているのが面白い.
また,スペースのみならず,冷凍庫の増加と共に部屋が温暖化していくので,死体の保管方法なんかより家族の理解を得る方が大変だったりする.

衛生面にも注意したい.
家庭用の冷凍庫は,『半永久的に保管ができる』ではなく『腐敗は冷蔵より遅い』程度に考えておくほうが良さげだ.
設定温度の関係もあるが,先述の除霜,扉の開閉,使用済み氷枕など(冷凍庫にとって)高温の物体を冷凍庫に入れるなどで,一時的にその周辺は暖かくなるのだ.
冷凍庫内の温度変化に関してはいろいろデータが公開されているので,一度探してみると良いと思う.
機種による違いはあれど,想像以上に温度が変化していることに驚くと思う.


sb19404.jpg
図4.専用冷凍庫
縦型タイプは整理しやすい利点を持つが,1ドアタイプは開放時に冷気が漏れやすいので長時間作業の祭には注意が必要


最後に.
他の動物と異なり,魚は『食材感』が強く,つい食品と同居させても大丈夫と思いがちだけれど,外で拾ってきた鮮度の悪い魚や一度でも薬品を投入した魚は,絶対に冷凍庫を分けた方が良い.
『二つも冷凍庫?そんなカネもスペースも無いって…』と言われそうだが,不特定多数の目に触れる場所では,こう書かざるを得ない.
試しに肉や魚を保存しているスペースにタオルを入れておけば,臭いの移りっぷりで物質の行き来を実感できるのではなかろうか.
自分の不備によって身内の入院沙汰なども起こりうることを覚悟した上で,ホネ取りに手を出した方が良いと思う.


本日の魚
オジサン Parupeneus multifasciatus Quoy & Gaimard, 1825

参考資料
魚類標本の作製と管理マニュアル (本村浩之 編, 鹿児島大学総合研究博物館) P9 - 12
扉の開け閉めによる庫内温度の上昇(エヌケイエス株式会社http://www.validation-wa-nks.jp実験データNo.43)
扉の開け閉めによる保管物の温度変化(エヌケイエス株式会社 実験データNo.45)
霜取り運転時のフリーザーの温度変化(エヌケイエス株式会社 実験データNo.69)
おいしさを科学する 冷温(ニッスイアカデミーhttp://www.nissui.co.jp/academy/taste/09/03.html
posted by osakana at 08:57| 埼玉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 魚話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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