2008年11月14日

魚話その142 スケスケブゥム

●透明骨格標本


解剖が困難な小型魚種や遊離/繊細な骨格を観察するために開発された,透明骨格標本という標本がある.
見た目がキャッチーなこともあり,アート系の人達に『作品』として売買されることもある.
しかし,価格・取り扱い共に一般での薬品の入手が困難なため,販売価格に反映され,大学などの研究機関による『本来の目的』を外れると,単3乾電池一本くらいの容器に鎮座した標本が数千円に跳ね上がったりする(魚種にもよる).
実は『魚話その10』あたりでも紹介しているが,骨格標本の脇役扱いだったので,今回は主役として.

さて.
とりあえず写真から.


骨ハ真3.jpg
図1.カジカsp.

itoyo tomei2.jpg
図2.イトヨ

hirame tomei.jpg
図3.ヒラメ

motsugo tomei.jpg
図4.モツゴ

suzuki tomei2.jpg
図5.スズキ(稚魚)

matoudai tomei.jpg
図6.マトウダイ


まず初見で気になるのは,色の違いか.
これは異なる色素で硬骨組織と軟骨組織を染め分けているからで,軟骨が青,硬骨が赤である.
ちょいと詳しく書くと,軟骨組織はコンドロイチン硫酸という物質を主成分としており,体全体の中でも特に硫酸基を大量に持っている.
それを認識してやるようにすれば,全身から軟骨だけを識別することが出来る.
で,世の中便利なもので,アルシアンブルーという薬品が硫酸基と特異的に結合してくれるのである.


Alcian blue.jpg
図7.アルシアンブルー8GX


厳密には硫酸基と特異的に結合するのはpHが1以下の時で,それ以上の時は硫酸基とカルボキシル基に結合するのだが,まあ軟骨を染め分ける際には気にしない.
で,一方の硬骨.
教科書的にはリン酸カルシウムが主成分なのだが,要はカルシウムを認識すれば自動的に硬骨が集中して染まってくるわけで,アリザリンレッドSという薬品がその役を担っている.


alizarinreds.jpg
図9.アリザリンレッドS


アリザリンレッドSという色素はカルシウムなどの金属イオンと結合する性質を持っており,その性質が透明標本ではカルシウムの検出に応用できるわけだ.
ただし,いわゆる『骨格』を認識しているのではなく,『骨格』に特に含まれる硫酸基とカルシウムを認識しているので,骨以外でもそれらの成分を持つ部位は染まってくるということに注意したい.

なので,図2に示されているように,イトヨの側面が赤く染まっているが,これは鱗板(りんぱん)という特殊化した鱗で,いわゆる『骨格』ではない.
ちなみに透明と付いているように,この標本は染色された骨が剥き出しになっているわけではなく,周囲の筋肉が透けている.
元来筋肉の透明化には水酸化カリウムという薬品が使われてきたが,効率を高めるために,改良二重染色法という名の下にトリプシンという酵素を併用するようになり,現在に至るようだ.
これらの薬品が筋肉中のタンパク質を分解・変性し,透明化させるのである.
この情報を踏まえてから写真を見直してみると,またいろいろなことが見えてくる.
例えば,図10のヤマメ稚魚の写真は図5や図11のスズキ稚魚と比べて青い部分が多い.


yamame tomei.jpg
図10.ヤマメ(稚魚)

suzuki tomei.jpg
図11.スズキ(稚魚)の頭部


これは軟骨性の骨格が多いということ表しており,以前話したようにサケ科魚類や稚魚は硬骨化の程度が低くて骨格標本が作りにくいというのが窺える.
また,尾鰭の付け根など,通常の骨格標本作りでは紛失してしまいそうな軟骨の存在に気づかされることも多い(図12).


suzuki tomei3.jpg
図12.スズキ(稚魚)の尾柄部


さらに,レントゲン写真などでは分かりにくい空間配置なども,ちょいと傾けてやれば容易に観察できる(こともある).


matoudai tomei2.jpg
図13.マトウダイの頭部


このように,『天下無敵の骨格標本』感を醸し出している透明標本だが,弱点もある.
立てかけて保管していると,自重でひしゃげてきちゃうのである.
容器を横にすりゃあ良いじゃないかと言いたいところだが,グリセリンが蓋の隙間を縫ってジワジワと漏れてきてしまうことが多いので,そうもいかない.
容器を変えるなどの解消する術もあるのだが,割高だ.
また,通常市販されている透明標本は丸ビンに入っているので,形態の観察にはあまり向いてない.
本来の用途を超え,アートとしての市場も持ち始めたのだし,出来れば広口の角ビンが市販されてくれるとうれしいのだけど…


今日の魚
カジカsp.
イトヨ(Gasterosteus aculeatus
ヒラメ(Paralichthys olivaceus
モツゴ(Pseudorasbora parva
マトウダイ(Zeus faber
スズキ(Lateolabrax japonicus
ヤマメ(Oncorhynchus masou masou


参考文献
シグマアルドリッチジャパン試薬情報サイト
改良二重染色法による魚類透明骨格標本の作製, 1991, 河村・細谷, Bull. Natl. Res. Inst. Aquaculture, No.20, 11-18


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posted by osakana at 03:20| 埼玉 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 魚話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
osakanaさん今晩わん。

これは綺麗!アートとして陳列したいという方の気持ち、激わかります。真っ白な空間にしたから蛍光灯を照らしてこれを数本置く。ヒラメの大きいの、デザイン性のある瓶にはいっていたら2〜3万でも買う人がいるんじゃないかという気がします。
・・・ビジネスチャンス??
Posted by shochi at 2008年11月18日 02:37
この類の標本はものすごく綺麗なのですが、本文でも書いたように容器の問題が解決されないと、なかなか手が伸びないかもしれませんね。
保管性に難ありなので…。
もちろんこの容器でもまったく構わないっちゃぁ構わないんですが、やっぱり水槽のように平面を持った角型広口容器を作り、観察の際にゆがみが生じにくい容器を作るなど、丸ビン容器以外にも選択の幅を増やして欲しいところです。
今のところ、このサイト(http://www.shinshu-riken.jp/kyouzai/toumeihone/toumeihone.htm)の一番上にあるものがもっとも理想に近いんですが、結局アクリルで自作なんですよね。
やったことあるんで、導入は簡単ですけど、ちょっと面倒…

高温多湿が良くないのは様々な標本に共通してますが、それ以外に「直射日光を避ける」というのもあるので、そこがインテリアとしてネックになるかもしれませんね。
手持ちの標本が少ないので試してませんが、褪色か、筋肉の透明度が低下するんじゃないかと予想してます。


>真っ白な空間にしたから蛍光灯を照らしてこれを数本置く

実際そうやって展示している人もいますね。
あとは真っ白にした空間で、背景を光らせたりとか。
この人とかそうですね。
http://www.creatorsbank.com/portfolio/?id=nana0080
Posted by osakana at 2008年11月18日 13:29
ををっ、やはり同じような事を考える方、いらっしゃるものですね。>creatorsbank

こういうのを展示し楽しむには自宅の最低一室を「生活感ゼロの美術館のような空間」にする必要がありますが、もうこの時点で挫折しそうです(^^;

Posted by shochi at 2008年11月19日 18:21
>展示し楽しむには自宅の最低一室を「生活感ゼロの美術館のような空間」にする必要がありますが

確かにそうですねぇ…

残念ながら僕の部屋は図書室と民族博物館と理科室(標本室?)と工作室がごちゃ混ぜになったようなカオス部屋ですが…。

幸い、透明標本は小型の魚種に需要模擬術も絞られているので、スペースをとらないというメリットはありますね。
大量に集めればそれは大変でしょうが、小さい棚を作り、その後ろの板を下記の商品などに交換すれば、それは幻想的な商品になるのではないでしょうか。
http://www.pdic-inc.co.jp/japan/lamp02.htm
↑漫画家さんが使う、ライトテーブルの一種みたいです。
残念ながら、使用時間に上限&寿命があるようなので、導入は簡単ではないでしょうが。

イメージは医者がレントゲンフィルムを読影する時に使うシャウカステン(Schaukasten)ですね。

それと、こんな容器を発見しました。
http://www.shinshu-riken.jp/kyouzai/toumeihone/toumeihone.htm
↑の一番上の容器です。
恐らく研究授業のために自作したアクリル製のケースだと思います。
これは、まさに僕が思い描いていた形を実体化させたものに近いですね。
Posted by osakana at 2008年11月19日 18:47
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