2010年12月23日

魚話その176 軟骨と硬骨のあいだ −blau

●対照実験の大事さ


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マアジ


透明標本が流行している.
クールさゆえか,僕の周囲では青い商品のウケが特に良い.
しかし,作製経験者は心当たりがあると思うが,青い染色,すなわち軟骨染色はちょっと厄介である.
第一に透明化前の工程であり,透明になってからの染まり具合は完成しないと分からず,やり直しもできない.
第二に染色液は酸性ゆえ,長時間晒すと,硬骨が脱灰,早い話が溶けてしまい,硬骨部分の染色性が落ちてしまったりする(図1b,c).


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図1.軟骨染色液(色素は含まない)に浸した時間によるアリザリン染色(硬骨染色)への影響 a)3時間(通常),b)3日,c)1ヶ月 (スケールバー:1cm)


透明標本は元来研究のために開発された手法なので,本業においては情報の正確さが求められる.
そんな時に大事なのが,対照実験と呼ばれる作業である.
要は『何かの手違い』を検証するための実験だ.
これは透明標本に限ったことではなく,全ての研究で重要な実験で,研究室に入り浸る要因の一つでもある.

例えば図2は色素の組み合わせを変えて作製した透明標本である.
他にもいろいろ足せるのだが,今回はブログ映えしそうな部分のみに絞った.
透明標本を作る過程で,軟骨染色用の色素を抜いた場合,硬骨染色用の色素を抜いた場合,両方の色素を抜いた場合を設け,これで染め分けを検証している.
別に正しく染めていれば必要がないといえばそれまでだが,図1に示したような状況は種や肉付きにより処理時間が変わるということ,また,軟骨と硬骨が重なり合っている場合,見落としてしまう可能性があるため,やった方が良いだろう.
図2b〜eのような実験を『aの対照実験』と呼ぶ.
これらの実験は極力同じくらいの大きさのサンプル,同じ溶液,色素を抜いただけの染色液に同じ時間漬けておくなど,条件を極力合せる事が大事である.


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図2.シラウオの透明標本 a)通常の二重染色(コントロール),b)硬骨染色のみ,c)軟骨染色のみ,d)軟骨染色液に3日間+通常の硬骨染色,e)色素抜きの軟骨染色液に3日間+通常の軟骨染色 (スケールバー:1cm)


別の魚種でも試してみると,傾向が似ていても染色度合いが違うことが分かる.
すなわち,一度きりで満足せず,できれば種ごとに試した方が良いことが分かる(図3).


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図3.ワカサギ尾部の透明標本 a)通常の二重染色(コントロール),b)硬骨染色のみ,c)軟骨染色のみ,d)軟骨染色液に3日間+通常の硬骨染色,e)色素抜きの軟骨染色液に3日間+通常の軟骨染色 (スケールバー:1cm)



ちなみに何種類も掲載したが,通常は図4のような組み合わせになることが多い.


sb17604.jpg
図4.シラウオの透明標本 a)軟骨染色のみ,b)二重染色(コントロール),c)硬骨染色のみ (スケールバー:1cm)


理想を言えば硬骨も軟骨も染色していない対照実験も掲載する必要があるが,『染色は見られなかった』で済まされることが結構ある.
そもそもサンプル不足により対象実験自体も省略されることがあり,また,結果が一緒だった場合,商品として勿体無いという考え方もある.
硬骨と軟骨の染め分けが‘それっぽい’場合,その多くは正しい染色だろう.
ただ,同じ結果を得た時に,充実した‘保証書’の有無が,透明標本が持つ情報の信頼性を左右することがあるのもまた事実だ.

最後に.
個人的には,試薬購入時にMSDSをチェックする人,欲を言えば慎重な人以外は自宅での作成は避けた方が良いと思う.
単純作業だが,無色透明の一滴のこぼれた液体が,失明に繋がる.
自滅なら良いが,周囲にも影響が出る.
また,メダカでちょいと1つ…というには販売されている試薬の量も価格も過剰だ.
メダカサイズなら,1個作るのも100個作るのも価格は変わらず,ゼロから揃えるなら10万円は想定した方が良い.
各種論文・文献を基に独自アレンジしたマニュアルを作ったが,『自己責任でやってみて』で片付けるにはちょっと重すぎるので,公開は検討中だ.


本日の魚
シラウオ(Salangichthys microdon
マアジ(Trachurus japonicus
ワカサギ(Hypomesus nipponensis
posted by osakana at 23:03| 埼玉 ☀| Comment(9) | TrackBack(0) | 魚話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回の記事は非常に参考になりました。
私は、現時点では自作を自粛せざるを得ない状況にありますが、
透明標本を自作できる環境になったら、
色々試してみたいことがありますね!
Posted by Phos at 2010年12月24日 08:04
今回のネタはちょっと時間がかかりました.
ウェブ上にいっぱい透明標本のマテメソが出てますが,ぜひとも安全面への注意喚起も併載して欲しいものです.
論文や文献では必要な情報のみに絞られて情報が提供されるので,『喚起に注意』といったことは書かれませんからね.
試薬の価格が高くて自宅で試す人が少ないのが,ある意味トラブルの防護壁になっている気がします.
Posted by osakana at 2010年12月24日 13:05
高校で透明骨格標本を作製しています。

記事中にあるように軟骨染色がネックで、あまりうまくいきません。なので、今回の記事は大変参考になりました!

薬品も、KOH等は目に入ると大変まずいですからね・・・。

貴重な記事、ありがとうございました!!
Posted by zuppo at 2010年12月25日 00:26
逆に『試薬馴れ』しすぎるのも危険ですよね。

しかし・・・

>欲を言えば多少器用な人以外は自宅での作成は避けた方が良いと思う.

これじゃ私、一生透明標本作れませんわ(笑)

まぁ、確かに器用なほうが見栄えのよい透明標本が出来るとは思いますが、
試薬の扱いにおいては透明標本レベルの手技ではどちらかといえば『器用さ』よりも『慎重さ』のほうが大切なのでは?
Posted by Phos at 2010年12月25日 01:02
> zuppo様

実はさらにあれこれ試しているのですが,『1200字台で文章を完結させる』というルールのためにかなり端折ってしまいました.
とはいえ,この駄ブログがお役に立てれば幸いです.



>Phos様

たしかに『慎重さ』の方が良いですね.
Phosさんのように,個人的に情報をやりとりしている人と違って,完全にフリーの人が閲覧できる状況で『透明標本て簡単な作業で作れるから,挑戦してごらんよ』と書くには,ちょっと事故で生じるリスクとのバランスが悪いと感じたので,ちょっと厳しめに書いていました.
『器用さ』より『慎重さ』の方が,本来僕が書こうとしていたニュアンスに近いので,訂正しておきます.
Posted by osakana at 2010年12月25日 02:04
今ふと思ったのですが・・・
魚類の骨格にはまだまだ疎い私のことなので、
間違った解釈かもしれませんが、
魚類の骨格の中でも軟骨と硬骨が共存というか、
重なっている部分ってないですか?
もしそのような部分があるなら、
多少軟骨染色液へ浸す時間を長くすることによって、
通常では硬骨染色で隠れてしまう軟骨成分を含んだ部分がより明確に観察できるようになるということは考えられないでしょうか?
図3dのように。
Posted by Phos at 2010年12月26日 22:55
あるとおもいますよ.
だからこそ,条件検討や比較染色が必要になるんだと思います.
Posted by osakana at 2010年12月26日 23:03
では、シラウオの図2dや、
ワカサギの図3dのようなケースは、
染色に失敗した透明標本と言い切るのべきではないとお考えですか?
様々な条件で比較検討を行った上で、
通常は硬骨の染色にマスギングされてしまっている軟骨をわざと強調したような染色をしてみるのも意義のあることだとお考えですか?
Posted by Phos at 2010年12月27日 00:22
体軸に対し垂直な面で切片を切って別の染色法で検証するか,EPMAなどで成分分析しないと,僕の経験と理解力ではこれ以上の考察は難しいと考えました.
骨格関係は趣味ではやってますが,基本的に全て独学の素人なので,興味のある部分しか力を入れて調べてませんから.
どちらの可能性も先入観なしに検証したいと思っているので,現状では上記の2択に対し,どちらと答えることはできません.
Posted by osakana at 2010年12月27日 00:39
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