いくつかのネタで紹介しているように、魚に関する神事や仏事に関心がある。
魚が関与する儀式は全国各地で見られるが、今回紹介する俎板開き(まないたびらき)という儀式は僕の生活圏内で行われる、いろんな意味で大変ありがたい儀式である。
毎年1月12日に台東区の坂東報恩寺で行なわれており、700年近く続いている歴史ある儀式でもある。

図1.坂東報恩寺
平日なのでギリギリまで予定表とにらめっこしながらなんとか休暇をとり、見物に行ったのであった。
さて、俎板開きとは何をするのか?
簡単に書いてしまうと、真魚箸(まなばしという、金属製の菜箸みたいな長い箸)と包丁のみを使い、魚に手を触れずにコイを捌くのだ。
コイは古くから淡水魚の中で高級魚として扱われており、それゆえ儀式で扱われてきたものと考えられる。
引立烏帽子と直垂をつけた、神主さんのような格好の人が捌く。
儀式ゆえ、全ての動作に名前と意味が込められており、見ていて面白い。
最初に2尾のコイが運ばれてきて儀式が始まる。、1尾目は『真尾立之鯉(まおたてのこい)』、2尾目は『花見之鯉(はなみのこい)』という題が付いている。
矢野氏の文献によると、四条流(平安時代から続く藤原系の料理人一族)家元の人が捌いていたとある。
大まかな流れは以下の通り。
動画は花見之鯉の1シーンである。

図2.運ばれてきたコイ

図3.真尾立之鯉(開始)

図4.真尾立之鯉(終了)

図5.真尾立之鯉(配置説明)

図6.真尾立之鯉(納めの儀)
真尾立之鯉にしつらえたコイは、この後白木の箱に納められ、東本願寺へと運ばれる。

図7.花見之鯉(開始)

図8.花見之鯉(終了)

図9.花見之鯉(配置説明)
ところで、コイは茨城県の飯沼天満宮、茨城の報恩寺、上野の坂東報恩寺を経て、最終的に京都の東本願寺に送られる。
それはこの儀式が、親鸞上人に説法を命じられた報恩寺初代住職(聖信上人)のもとで帰依した聖海という老人が『毎年2尾のコイを献上します。お世話になりました。』と言って消えてしまったこと、近くの飯沼天満宮の神主が『聖信上人にコイを2尾届けよ』という夢を見たこと、目覚めると社内の手洗い鉢の中にコイが2尾いたという、3つの不思議な出来事が由来となっているためである。
参考文献に挙げた矢野氏は寺社で物品の贈答が行なわれること、寺の中で血なまぐさい儀式が行なわれることが非常に珍しいと述べており、また実家が寺である僕の知人に尋ねても、同様の答えであった。
ドジョウずしもそうだったが、今回の俎板開きもイケニエ文化の名残ということになるのだろうか?
ちなみに、志摩地方のボラの真魚箸神事や、伊勢神宮奉納の『包丁式』など、坂東報恩寺の俎板開きに類似した儀式は日本各地でも行なわれている。
報恩寺では、受付を済ませておくと、俎板開き終了後にコイ料理を食べることができる。
が、残念ながら僕は寝坊したために受付が出来ず、コイ料理を逃したのであった…。
今日の魚
コイ(Cyprinus carpio)
参考文献
魚の文化史 (矢野憲一 講談社)第1版 P116-120、182-190
坂東報恩寺配布試料


