2013年05月25日

魚話その193 リアルタイムじゃないホネ取り〜その3〜

注意!
・解剖の描写があるので,ご注意ください.
・本文中に『一般入手できる』というニュアンスの記述がありますが,一般家庭での作業を推奨する意味ではありません.
・高校や大学の生物系サークルなど,大型専門機器の購入が困難ではあるものの,しかるべき施設と知識を持った人が対象です.
・ホルマリンを扱うので,その取り扱い方法/処理方法が確立している方々を対象としております.
・ポリエチレングリコールとエチレングリコールは別物です(危険度も).
・現在も試行錯誤中の手法であることにご留意ください.
・最初のうちは入手が容易な種の,特に顎(頑丈かつ歪みやすいなので)を使って試されることをお勧めします.
・本件での事故や貴重なサンプルの損傷は一切責任を取れません.



今回で軟骨標本シリーズは最終回.
ホルマリン抜きしたホネをポリエチレングリコール(以降PEGとする)溶液に浸す.
PEGは化粧品等にも用いられているが,軟骨から残留ホルマリン等が溶出する可能性は多分に考えられるので,必ず手袋+ピンセットで作業し,生活空間とは分けた場所で作業する.

10%PEG-200
→20%PEG-200
→30%PEG-200
→30%PEG-400
→30%PEG-600
→20%PEG-4000
→30%PEG-4000
→50%PEG-4000
→70%PEG-4000
→90%PEG-4000
→95%PEG-4000

このような順番で,1種類の溶液につき,1週間〜1ヶ月ほど浸す.

sb19301.jpg
図1.PEG含浸処理 a) 常温処理時の樹脂製容器, b) 高温処理時のステンレス製容器, c) 鰭の保定
容器の耐熱性次第では,兼ねることも可能だが,いずれの処理もジップロック等の耐熱性バッグに入れ,揮発性物質の拡散を防いだ方が良い.
他の人が使用する際にコンタミの原因となりかねない.
また,熱膨張に伴う破損の恐れがあるため,高温処理時は容器の蓋を密閉せず,耐熱バッグを数枚重ねてコンタミを防止する.
鰭は園芸店で入手できる鉢底ネットでサンドし,釣り糸で固定すると,含浸処理中に他の標本に当たって変形するのを軽減できる.


より良い溶液の置換パターンもありそうだが,これは現在も模索中だ.
一つ一つに時間がかかるので,あれこれ試しても結果が出るまで時間(とカネ)がかかってしまう.
ちなみに脳室内に空気が残っていると,一部がずっと空気中に露出されている状態になる.
吻軟骨などは特にに影響を受けやすく,乾燥でひしゃげてしまい,どういうわけかPEG溶液に浸す工程を最初からやり直しても直らない.

なお,70%を超えたあたりから,70〜80度ほどの加温が必要になるため,研究で使用する加温装置(インキュベーター)は必須だ.
比較的安い部類の研究用機器なので,大抵の実験室にはあると思う.
代用案もあるのだけれど,一般家庭で事故が起きても嫌なので,『インキュベーター必須』という表現で止めておく.
なお,以前IHクッキングヒーターの使用を書いたが,手法の更新に伴い,より長時間の処理が好ましいことが判明したので,IHクッキングヒーターは使えない
95%PEG-4000まで置換が済んだら,溶液から取り出し,余分な液をできるだけ回収(数回は再利用可能)する.


sb19302.jpg
図2.PEG溶液の除去 a) 背腹方向のPEG溶液を除去, b) 骨格の窪みのPEG溶液を除去
脳室内や脊椎骨等の内側に溜まったPEG溶液を念入りに除去する.
表面は最後の仕上げ前に拭きとることが可能.


sb19303.jpg
図3.再利用が進んだPEG溶液(左)と未使用のPEG溶液(右)
次第に雑菌が繁殖し,黄色味を帯びてくる.
数回使用したら交換するか,低濃度溶液として再利用する.


鉢底ネットを敷いたタッパーに入れ,実験室の冷凍庫で30分ほど冷やす.
なお,何が揮発するかわからないので,食品用に使っている冷凍庫では絶対にやらないこと.


sb19304.jpg
図4.冷却処理
常温ではペースト状の濃度のPEG溶液が染み込んでいるはずなので,冷凍庫が使用できない場合は自然乾燥でも構わない.
流動性を少しでも早く落とすことで,少しでも多くのPEGが軟骨内に残るかな…と,作業の効率化半分,おまじない半分でおこなっている.
※必ず容器に入れてから冷凍庫に入れてください!(見やすいようにわざと剥き出しでやってます).

表面が白いクリーム状になったら冷凍庫から取り出し,余計なPEGをスパチュラでこそぎ落とし,水に浸した後に硬く絞ったキムワイプ等で表面を拭く.
表面のペタペタがなくなったら,風通しの良い場所で1週間ほど風乾し,完成.


sb19305.jpg
図5.冷却後のPEG除去 a) 拭き取り前, b) 拭き取り後
一連の流れを考えれば頭骨での作業を載せた方が好ましいが,鉢底ネットの凹凸痕が残って見やすいので,ここでは鰭をチョイスした.


sb19306.jpg
図6.ドチザメの頭骨標本
ひしゃげているのは,前述の通り,一部がずっと空気中に露出してしまったためと思われる.


他にもいろいろ試してみたところ,対象となる魚種の除肉法の除去技術の向上,漂白工程検討など,含浸処理以外にも課題が見つかった.
今後はその辺の改善も図りたい.


sb19307.jpg
図7.a) フトツノザメ頭骨(左側面), b) フトツノザメ頭骨(正面), c) ネコザメ頭骨(左前側面), d) ネコザメ頭骨(正面), e) ギンザメ頭骨(左側面), f) ギンザメ頭骨(正面), g) ヘラチョウザメ頭骨(左側面), h) ヘラチョウザメ頭骨(正面), i) ホテイウオ頭骨(左側面), j) ホテイウオ頭骨(正面)
ギンザメの頭部先端は,前述のドチザメ同様,空気中に露出したまま放置してしまった結果で,ホントはシャキっとしている.
撮り直したい頭骨もあるのだけれど,人にプレゼントしてしまったものもあるので.
カメラやレンズのメンテナンスは定期的におこないませう.


保管は温度・湿度共に低い場所に静置する.
通年エアコンが効いている場所…といきたいところだが,せめて気密性の高い容器+シリカゲルくらいはしておこう.
夏場や梅雨時などの高温多湿な時期にはPEGが染み出てきて表面がペタペタになることもあるので,何か敷いておくと良い.


いろいろな〆切り系がひと段落し,職場をふらついていたら,ある人に『魚のホネ好き学生が来たので,話してほしい』と呼ばれた.
そもそも僕の趣味をなぜ知っているのかが謎なのだけれど,それはさておき,現場に向かう.
会話が進むうちに,どうもその学生はこのブログを知っているらしいということが発覚.
その話の発端が,この軟骨標本の話題であり,更新を再開するきっかけになった次第.
それにしても世の中狭い.

追伸
九州の某大学の魚のホネ好き学生君よ,君の名を訊きそこなったので,もしこれを読んでたら連絡くれい.


本日の魚
ギンザメ:Chimaera phantasma Jordan and Snyder, 1900
ドチザメ:Triakis scyllium Müller & Henle, 1839
ネコザメ:Heterodontus japonicus Maclay & Macleay, 1884
フトツノザメ:Squalus mitsukurii Jordan & Snyder, 1903
ヘラチョウザメ:Polyodon spathula (Walbaum in Artedi, 1792)
ホテイウオ:Aptocyclus ventricosus (Pallas, 1769)

参考文献
遺物の保存と調査(沢田 正昭,クバプロ)
posted by osakana at 14:44| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 魚話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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